先日も少し触れましたがこのところ仕事が忙しくて、ブログの更新が滞っておりました。
何しろ6月に入ってから超ハード・スケジュールで、今週に入ってから今日迄は8月に開催されるフェスティバル・ベルリオーズ "Festival Berlioz" で行われるコンサートの為のリハーサルを教会で行っていました。しかも始めは毎日場所が変わり、移動が結構面倒だったのです(^^;
写真は火曜日に伺った、リヨンの6区(リヨンは9つの行政区からなっています)にある、"Saint Nom de Jésus" と言う教会です。この教会のすぐ前に割りと広い公園があるのですが、以前はこの近くに社会保険事務所があったので、娘がまだ小さかった頃にはよく訪れた界隈です。
でもこの教会の中に入ったのは今回が初めてでした。教会と言うとどうしても湿っぽくて薄ら寒い感じがしますが、ここは陽が差し込むと明るくて、とても綺麗な所でした。
このコンサートは、8月27日(水)にベルリオーズの生地であるラ・コート・サン・タンドレ "La Côte-Saint-André" の教会で16時から催されます。構成はパート2人ずつのダブル・オクテット(+1)の17人ですが、全プログラムがア・カペラ(無伴奏)である上に、曲によっては17声部に分かれるので全く油断出来ません(笑)。でも、先週一杯はオペラ座のリハーサル室で1曲1曲お互いの音を確かめながらのリハーサルだったのが、こうして音響のまるで違う空間だと気分も変わり、いつもの事ながら歌っていてとても気持ちが良いものです(^^)
公演に当たっては改訂版の録音も合わせて聴き比べてみましたが、バーンスタインが指揮をしジェリー・ハドレーがタイトル・ロールを歌っている1989年12月の「キャンディード」のロンドン公演の様子が収められたDVDはとても印象的ですね。その一部はYoutubeでも観る事が出来ますが、その映像を見ているとバーンスタインがその数ヶ月後に亡くなってしまったのが信じられないほどです。
昨夜はオペラ座の次の演目、チャイコフスキーの歌劇「スペードの女王」の初めての通し稽古が衣装&メイク付きでありました。
只今、リヨン・オペラ座ではオッフェンバックの喜歌劇「パリの生活」を上演していますが、今夜はその7回目の本番。France Musique(FMラジオ)で19時半から生放送されます。その模様は
先週末は仕事で南仏コートダジュールのマントンへ行って来ましたが、超過密スケジュールだった上に、主催者側が用意してくれたホテルが隣町だったので、更に移動時間もプラスされ、まるで観光のかの字もありませんでした。当然、写真すら撮る暇もなかったので、せめて絵葉書を買おうと考えていましたが、それだってTGVに乗り換える為にニースで一旦降りた時に、キオスクで見つけた物です(笑)。
今日から4月1日までの間、サンテティエンヌ大劇場で仕事です。
サンテティエンヌはリヨンから車で1時間位の場所なので現地には宿泊せず、ほぼ毎日往復しなければなりませんが、昨日からの突然の冷え込みで少しばかり道中が思いやられます。昨日の午後は数十分に亘り凄い勢いで雹が降り、アパートの花壇が真っ白になってしまいました。それに加えて今朝は娘が登校する時、雪が散らついていたとか...。
去年の10月にレコーディングしたフランクのCDが、独AEOLUSレーベルから今月19日にリリースされます。そのサンプル盤を昨日試聴しました。
今年生誕120年を迎えた藤田嗣治氏は、東京美術学校を卒業後、1913年に渡仏。モディリアニやスーティン等と共にエコール・ド・パリの代表的画家として活躍しました。第二次大戦時には、従軍画家として戦争画を描きましたが、大戦が終わるとまたフランスに戻り、その後、二度と日本の土を踏むことはありませんでした。
昨日の午後はエーン県の2006年コンサート・シーズンに於いて、ベルリオーズのカンタータ「オルフェの死」のテノール・ソロを歌いました。夜にはリヨン・オペラ座で本番があったので、自分の出番が終わると、コンサート終了を待たずに会場を後にしなければなりませんでしたが、それでも会場からブール・アン・ブレスの駅までは車で20分ほど掛かる為、駅に着いた時にはもう発車の5分前でした(^^;
ブール・アン・ブレスから乗った列車は約10分遅れでリヨン・ペラーシュ駅に着き、オペラ座に着いた時は、開演30分前を切っていました。その後本番が始まると、疲労と空腹も手伝って、第2幕の途中辺りから酷い頭痛に襲われました(@@;
今日はリヨン・オペラ座の「夢遊病の女」のパリ公演の為、これからパリに行きます。
ベルリオーズのカンタータ「オルフェの死」については、少し前にホーム・ページの方でも触れたのですが、今日は指揮者との第1回目のリハーサルがありました。
リヨン・オペラ座の新シーズン開幕第1作は、バーデン・ バーデン祝祭劇場とミラノ・スカラ座との共同プロによるワーグナーの「ローエングリン」 で、先週の土曜日に初日が開けました。
今日はスイスのジュネーヴへ行って来ました。リヨンからは電車で2時間程なんですが、あんまり行く機会がないんですよね。
今日から新シーズンのリハーサルが始まりましたが、その前に大きな茶封筒を渡されました。中には契約書が入っていましたが、去年更新した3年契約を破棄し、新らし終身雇用の契約を結ぶというものでした。
今日はもしかしたら今回の滞在で一番天気が良かったかもしれません。例によって午前中は観光がてら散歩をし、午後は本番に備えて部屋でゆっくりと言うパターン。お陰様で歌うのは大分慣れましたが、流石に体力が落ちているので身体はかなり疲れますね。
昨日と今日はリヨン・オペラ座の合唱団入団の為のコンクールがありました。
最近、ブログの更新&巡回が著しく滞っていますが、これには少々理由がありまして、実は来週金曜日(3月3日)からドイツのバーデン・バーデンに行きます。演目はワーグナーの「ローエングリン」。今回はリハーサルと衣装合わせだけなので滞在は一週間のみですが、暗譜がちょっと大変なんです。勿論、主役を歌うわけじゃありませんけどね(笑)。
今回のチャイコフスキーの歌劇『マゼッパ』の公演中、第二幕最終場では写真のような格好をしているのですが、この髭面が皆に好評だと妻に話したら、とても見たがったので同僚に頼んでデジカメで撮ってもらいました(^^;
今、リヨンのオペラ座は、チャイコフスキーの歌劇『 マゼッパ』の舞台稽古の最中です。先週の土曜日からは、第2幕と第3幕に登場する馬が2頭稽古に加わりましたが、それ以来、酷いアレルギー症状が出て困っています。
今週一週間は結構大変でした。
今日は12時半から来シーズンの予定について、ドルニ監督から正式に発表があった。
舞台裏で出番を待つ楽員達。
来週24日(木)に初日を迎えるシャブリエの歌劇『いやいやながらの王様』( なんて酷い邦訳なんでしょう!) "Le roi malgré lui" は、音楽的には美しいかも知れないけれど、声楽的にはとても大変な曲です。それに加えて、第2幕の踊りが半端ではなく、息が上がって歌うのがとてもシンドイです。衣装も物凄く重いし、半端じゃないデッカイ襞襟が、人にぶつかると喉を直撃して「オェッ(@@)」となります。もうフィットネスなんて全く必要ありません!
第3幕フィナーレ
もう既に僕のHP等でご覧になってご存知の方もいらっしゃると思いますが、この夏、日本で妻と一緒にコンサートを行います。
新聞に載った写真。僕は向かって左端のマネキンのすぐ後ろにいた。
「是非写真を見てみたい」と言うご意見をチラホラ頂いたので、日曜日迄の期間限定で写真を掲載します。日によってメイクがちょっとずつ違うし(メイクさんが3人います)、なにしろ元が僕ですから、決して「シザーハンズ」のジョニー・デップに似てるとは言いません。あくまでも雰囲気ですからね。
前回に続いて、今回も思い出話。ベルリンの壁崩壊以降、東欧諸国のあちこちで体制変動への影響があったのは周知の通り。旧ユーゴスラビアも多民族国家として独立を巡り、最後は泥沼化していった。
ワイマール国民劇場。ゲーテとシラーの銅像が印象的
昨日、17日の20時45分から「ヨハネ受難曲」の本番だった。午後に劇場で他のリハーサルがあったので、あまり歌い過ぎない様に気を付け、発声練習のつもりで臨む。どちらかと言えば声の調子は良かった。
本番が始まってしばらくは別にいつもと変わらなかったが、1曲目のアリアを歌っている途中、突然眩暈に襲われ、終わると同時に半ば崩れるように席に戻った。「第一部と第二部との間に休憩はない」と一昨日のG.P.の時に告げられたが、それがもろ仇となった感じ。ここから2曲目のアリア迄の間は15分程、冷や汗と吐き気との闘いだった。
今迄僕が演じてきた役を振り返ってみる。主役級のものは別として、問題はそれ以外だ。「ハリネズミ」、「牝牛」、「おばさん女中」、「浮浪者」、「日本人カメラマン」(これは仕方ない?)等々、間違っても「今度本番見に来てね!」と人には言えない(言いたくない)役ばかり。本番後も人目を避ける様に劇場からそそくさと家路に着く。はっきり言って恥ずかしい。オペラって色んな人が集まって出来上がってるのは良く知ってるし、こんな役だって誰かがやらなければならないのだと言う事は分かっているけど、しかし、どうして必ずと言って良いほど僕にこの手の役が回ってくるのだろうか?もうちょっとマトモな役やりたいなぁ~!
今夜は「ヨハネ受難曲」のオケ合わせでした。今迄のピアノとのリハーサルと違って、オーケストラの楽員と合唱団の人達に挟まれて、とてもプレッシャー感じました。ついでに場所も今夜からコンサートの行われるリヨンのフルヴィエール大聖堂でした。明日はG.P.だけど、もうちょっと落ち着いて歌えたらいいなあと思います…。
自己CDは現在2タイトルあります。1タイトル目は1992年の9月にイタリアの「SAM」と言うプライベート・レーベルからリリースされました。コンクールに入賞した時の副賞で、コンクールの最終日に行われたコンサートのライブ録音です。あの頃、余り調子が良くなかった上に、連日の緊張に次ぐ緊張で心身共にボロボロでした。
職業柄、日曜出勤はよくある。日曜だけではなく祝日も同じだ。今日は午後4時からの本番だった。演目にもよるが大体この時間。それにたまにG.P.(総稽古)が夜あることもある。